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東京高等裁判所 昭和45年(ラ)488号 決定

抗告人 黒田基一

右代理人弁護士 平井庄壱

相手方 入山晟一

右代理人弁護士 石井嘉夫

同 稲田寛

主文

本件抗告を棄却する。

理由

抗告人の抗告の趣旨は「原決定を取り消してさらに相当の裁判を求める。」というにあり、その抗告の理由は別紙抗告理由書(一)、(二)記載のとおりである。

よって、案ずるに、

第一点

(一)  抗告人は本件について買受人抗告人と株主相手方との間において民事調停の勧告を原審裁判所より受け、抗告人においてその申立の準備中のところ、原審裁判所は抗告人に対しなんらの通知をなすことなく、ただ一方的に相手方の陳述を内密にきいたのみで突然抗告人に原決定を送達したものであって、これは当事者の陳述のきき方において明らかに裁判の公平と平等の原則に反し、非訟事件手続法第一三二条ノ七第一項に違反するものであると主張するが、本件記録によれば、原審裁判所は昭和四四年一一月二六日午前一〇時の第一回審問期日において抗告人に対する審問を、同年一二月一〇日午後三時三〇分の第二回審問期日において相手方に対する審問をそれぞれ行い、昭和四五年一月二六日午後三時の第三回審問期日において当事者双方から本件について調停の申立をするということで期日は追って指定を求めたので、次回期日は追って指定するということになったこと、同年五月二三日相手方から抗告人は再三の請求にかかわらずいまだ調停の申立をしないので裁判所から抗告人に対し督促されたい旨の上申書が提出され、その後原審裁判所は同年六月五日原決定をし、その正本を当事者双方に送達したことが明らかである。右経過によれば、原審裁判所は第一回および第二回審問期日において抗告人および相手方の陳述をきいているのであるから、なんら非訟事件手続法第一三二条ノ七第一項に違反するものではないし、また抗告人主張の抗告人が調停申立の準備中に一方的に相手方の陳述を内密にきいたということは記録上明らかでないが、仮りにその事実があったとしても、それは相手方から前記上申書が提出されたので相手方から抗告人が調停申立を遅延しているとすることについてその事情をきいたに過ぎないものと推察され、そうだとすれば、それは本件の事件そのものについてのものではないから、なんら裁判の公平と平等の原則に反するものではなく、抗告人の主張は理由がない。

(二)  次に抗告人は原決定には理由が付してなく、これは非訟事件手続法第一三二条ノ七第二項において準用する同法第一二九条第一項に違反すると主張する。なる程原決定理由によれば、「本件申請の理由は別紙申請の理由写記載のとおりであるところ、各当事者審問の結果によると、本件株式売買価格は金二五〇万円が相当である。」というにあって、その理由の記載においていささか簡に失する嫌いはあるが、しかし全然理由の記載を欠くものとはいえないから、これをもって違法視するには当らず、抗告人の右主張も理由がない。

第二点

次に抗告人は原決定の本件株式の売買価格は適法適正でないと主張するので右売買価格について検討する。

(一)  本件株式の発行会社である申請外大成産業株式会社(以下大成産業という)の本件株式売渡請求の時を基準とする最終(昭和四四年三月三一日現在)の貸借対照表によれば、大成産業の純資産は金二、三八八万一、三一八円(資産の合計から負債の合計を差し引いたものすなわち資本金一、〇〇〇万円と剰余金一、三八八万一、三一八円の合計)であることが明らかであるところ、記録中の契約書によれば、大成産業は昭和四一年一二月二二日申請外河田仲蔵外二名から横浜市港北区師岡町字沼上耕地所在の田畑(現況宅地)合計八筆二、三九一平方メートルを堅固な建物の所有を目的として期間昭和四二年一月一日より三〇年間、賃料三、三平方メートル当り月額二七〇円の約で賃借していることが認められ、しかしてこの借地権価格は東京建物株式会社の鑑定評価書によれば金三、八七四万四、〇〇〇円であることが認められるから、これは資産として右純資産額に加えるべきものである。特に土地の賃借権は借地法の改正によりある程度その譲渡性を取得したから、その意味からいっても、これを会社資産として無視することは相当でない。抗告人は大成産業は昭和四一年七月二三日の設立にかかるものであって設立後日なお浅く貸借対照表に計上されない含み資産の発生する余地はないと主張するが、大成産業が現に右借地権を有している以上これが同会社の資産であることは間違いなく抗告人の右主張は採用しがたい。また抗告人は所得税法においては借地権設定が土地所有者の譲渡所得の計算上所得とみなされるのは土地所有者が土地の更地時価の半額以上の反対給付(権利金)をえた場合に限られ、本件のように土地所有者が反対給付を取得せず、賃料が一般に比して高額の場合には土地所有者に譲渡所得ありとしていないから、その反面として対価を支払わないで借地権の設定を受けた法人には資産として計上すべき借地権は発生しない取扱であると主張する。なる程所得税法上の取扱では抗告人主張のような取扱がなされているが、それは所得税法上の取扱がそうなっているというだけのことであって、そうだからといってそれを他の場合に拡張適用すべき根拠はないから右主張も採用しがたい。また抗告人は仮りに大成産業に借地権の含み資産があるとしても、大成産業は地主に対し地代として標準より高い「相当」の地代を支払っているから、これを分析して坪当り七〇円を標準地代とし、坪当り二〇〇円を借地の権利金相当額とすれば、買受人の本件売渡請求時直前の昭和四四年八月までの支払ずみ地代のうち権利金相当の総額は金四六三万円であるから、これをもって含み資産の価額とすべきであると主張するが、そのように解すべき根拠はないから、右主張も採用できない。ところで本件記録によれば、大成産業の代表取締役社長保坂正夫は同会社が昭和四一年七月二三日設立されるまで申請外日本鋼管株式会社の製品梱包事業や自動車修理業等を主たる業務としていた申請外京浜商事株式会社(以下京浜商事という)の代表取締役社長であったが、同会社の専務取締役で実弟の保坂伊太郎との間に内紛を生じ挙句の果、保坂正夫は同会社を退社せざるをえない結果になったため、抗告人とともに大成産業を設立しあらたに日本鋼管株式会社等より製品梱包作業を請け負うにいたったところ、京浜商事より不正競争および不法行為を原因とする損害賠償請求の訴訟を提起され、その後両者および保坂正夫との間に大成産業および保坂正夫は連帯して京浜商事に対し金一、五〇〇万円を支払い、京浜商事は右訴訟を取り下げる旨の示談が成立したこと、大成産業は保坂正夫との間に右金一、五〇〇万円のうち金七五〇万円を同会社が負担するほかそれとは別に金二五〇万円を同会社から保坂正夫に支払う旨合意したことが認められる。しかして前記貸借対照表によれば、同会社が負担すべき右金七五〇万円のうち金一五〇万円が資産の部に減価償却として計上されているので、右金七五〇万円からこれを控除した残りの金六〇〇万円と右金二五〇万円との合計金八五〇万円は損失として前記純資産額から控除すべきものである。そうすると結局大成産業の本件売渡請求時の純資産は次のとおり金五、四一二万五、三一八円ということになる。

23,881,318+38,744,000-8,500,000=54,125,318

これを大成産業の本件売渡請求時の発行株式数二万株で除すると一株当りの株式の価格は金二、七〇六円ということになる。

(二)  次に配当額を基準とした株式の収益力の面から本件株式の一株当りの価格をみるに、昭和四四年五月二六日の利益剰余金処分計算書によれば、資本金一、〇〇〇万円に対して株主配当金は金一五〇万円であって、配当率は一割五分であったことが認められる。そこでこれを当時の一般利子率ないし平均利潤率で逆算してその元本額を想定すれば、抗告人主張のとおり一株の額面五〇〇円はほぼ金八〇〇円ということになろう。

(三)  また本件記録によれば、本件売渡請求時に近い昭和四四年六月一日に三件、同年八月一二日に五件大成産業の株式の譲渡が行われたが、その譲渡価格はいずれも一株当り金五〇〇円であったことが認められる。

(四)  その他に類似業種比較の方法も考えられるが、本件ではこれが資料とすべきものはあらわれていない。

(五)  以上のとおり一般の問題とすれば諸種の価格が考えられるが、本件における特殊性を考慮してさらに検討するに本件記録によれば大成産業は同族会社的色彩が強くその発行株式は取引所に上場されていないことがうかがわれるから、その株式価格の決定に当っては取引市場における需要供給の関係はほとんど考慮しがたく、前記取引事例は偶然の場合であってかつその価格が株式券面額と同一であることの合理性を認めるべきものはなく、また一般利子率による逆算は抽象的に過ぎて本件の具体的場合に適当でなく、類似業種比較の方法はよるべき資料はないから、これを採用しえない。かく考えれば本件の如き閉鎖的会社における株式の価格においては端的に会社の資産状態そのものを最も重視すべきであって、各株式の化体する会社資産の割合が基本となるべきものと考えられる。また本件記録によれば株主である相手方はもと京浜商事において前記保坂正夫の下で梱包部長として実際業務を担当していたが、保坂正夫と前記保坂伊太郎との間の内紛の結果大成産業が設立された際も保坂正夫に従って大成産業に入り常務取締役をしていたが、右会社が一応の軌道にのるとともに次第に疎んぜられ、不本意ながら昭和四四年五月辞任せざるをえざるにいたったものであることが認められ、この点も本件株式の価格を決定するについて事情として相手方に有利に加味さるべきである。

以上本件にあらわれた一切の事情をしんしゃくして当裁判所は本件株式一、〇〇〇株の売買価格は金二五〇万円をもって相当と認める。従ってこれと結論を同じくする原決定は相当であり、抗告人の主張は理由がない。

よって本件抗告は理由がないからこれを棄却することとし、主文のとおり決定する。

(裁判長裁判官 浅沼武 裁判官 田畑常彦 加藤宏)

〈以下省略〉

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